さとうきびについて
徳之島のさとうきび
品種と特性
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農林8号(NiF8)
農林8号は、1991年(平成3年)に命名登録、同年、鹿児島県の奨励品種に採用されました。
早熟、高糖、多収で、さび病や黒穂病などの主要病害に抵抗性を示す品種です。
日本の主要品種で、南西諸島全域で栽培されています。
多収、早期高糖、さび病・黒穂病など病害に強く、脱葉しやすい。 -
農林22号(Ni22)
農林22号は、2006(平成18年)に鹿児島県の奨励品種に採用されました。
株出し多収に加え、早期高糖性で12月収穫も可能な品種候補系統です。
多収、早期高糖、初期生育・茎伸長・株出萌芽が良く、台風で折れにくい。
茎数が多く細茎等の特徴からハーベスタ収穫に適している品種です。 -
農林23号(Ni23)
農林23号は、2006年(平成18年)に鹿児島県の奨励品種に採用されました。
発芽・萌芽、茎伸長にすぐれ、春植え、夏植え、株出しのいずれの作型でも多収となる品種です。
多収、高糖、初期生育・茎伸長・株出萌芽が良く、干ばつ条件下でも生育が良い。
風の強く当たるほ場での植付は避ける、黒穂病に弱く、収穫後の品質劣化が早い。 -
農林27号(Ni27)
農林27号は、2015年(平成27年)、鹿児島県の奨励品種に採用されました。
太茎で一茎重が重く、脱葉性が良く、高糖多収の品種です。
葉焼け病、さび病など葉身の病気への抵抗性にも優れている。
夏植えで多収ですが、低温での萌芽数がやや少ない。 -
農林30号(KN00-114)
農林30号は、2012年(平成24年)、鹿児島県の奨励品種に採用されました。
茎数が多く多収となり、早期高糖性で12月収穫も可能な品種です。
葉焼け病、さび病など葉に現れる病気や梢頭部腐敗病に対しても抵抗性があります。
風折抵抗性がやや弱いので、風の強く当たるほ場での植付は避ける。
引用先
独立行政法人 農畜産業振興機構 日本のさとうきび品種
さとうきびの歴史
サトウキビが日本に入ってきたのは、今から約390年前、奄美大島本島大和村の住人直川智(スナオカワチ)が、朝貢使のお供をして琉球(沖縄県)へ渡航途中、台風に遭い中国福建地方に漂流し、その地でサトウキビの栽培と砂糖の製造法を習得し、慶長14(1609)年に密かに持ち帰ったとされている。そして、これを奄美大島本島大和郷に植え、翌慶長15(1610)年に黒糖を製造したのが、日本におけるサトウキビの栽培と製糖の始まりとされている。
徳之島にサトウキビと製糖法がいつ導入されたかは明らかではないが、薩摩藩が享保20(1735)年、徳之島にサトウキビ専任の役人 黍横目(きびよこめ)を置いたころより本格的な砂糖製造が始まったと思われる。
明治維新以後、奄美の糖業は衰退していたが、明治40年頃から農商務省も糖業の奨励に乗り出し、徳之島は諸島第一の産糖地となった。
大正13年、従来の細茎種 読谷山 に代わり、ジャワ系統の大茎種 POJ 2725 が台湾から導入され、南西諸島の産糖量は一段と増加したが、昭和16年の太平洋戦争突入と同時に主食糧増産のため作付面積・産糖量は極度に減少した。
昭和28年12月25日、奄美諸島は米国の信託統治下から解かれ日本に復帰し、国庫補助事業等によるサトウキビの生産力増強が図られた。
徳之島のサトウキビ作付面積は、サトウキビ価格の低迷や農家の高齢化等により、低迷していたが、平成18年6月に制定されたさとうきび増産計画のもと、バイオ苗(メリクローン苗)の普及や農作業の機械化等を行政・生産者・糖業者が一体となって取り組み、その結果、作付面積は増加に転じつつある。
現在、徳之島のサトウキビ生産量は、県下の約40%を占めている。